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Battle

2009年10月09日 22:26

<学力テスト見直し>川端文部科学相「競争意味ない」(毎日新聞 - 10月09日 13:52)

 川端達夫文部科学相は9日の閣議後会見で、全員対象方式から抽出方式への切り替えを検討している全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)について「個々の学校がその成績を上げることだけに競争し合うのは意味がない」と述べた。

 川端文科相が現行方式の問題点を具体的に指摘したのは初めて。「学力向上につながることを否定するわけではないが、その点数だけを上げることは、本来の教育目的とは違うだろうという懸念はある」と語った。

 また来年度の実施方法について「諸団体や有識者の意見を聞いて決めるが、抽出方式でまとめようという意思を持っていることは間違いない」と明言。テストの最大の目的は「各地域の教育水準をできるだけ均一化し、向上させること」として「目的を達成するにはそれ(抽出)で十分ではないかという判断だ」と述べた。【加藤隆寛】

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競争に意味ない?

いや、意味はある。

学校は勉強をするところ。その成果を学校がどれだけ上げられるか。それはやはり必要なこと。

良い成績を取ることは、成績が全てでは無いにしても大事なことであると思うし、その人にどのくらいの能力があるのか。その人がどのくらい努力をしてきているかという指標にも少なからずなると思う。

過度な競争はどうかと思うが、ある程度の競争意識は必要なのではないだろうか。

そういう気持ちがないと精神的にも成長しない。

だから、ある程度の競争は必要であると僕は思う。

・・・なんてことをプライドゼロの僕が言ってみる。

もうちょい柔軟に考えるべきなのでは?そんなんじゃ競争意識の欠片も無い、ただのぬるま湯教育である。

資本主義の日本においては、競争無くしては生きてはいけないよ?互いが競争するからこそ、負けじと新たな技術が生まれてくる。だから日本はここまで成長出来たのだと思う。
そういう競争を味わうことなく社会に出るのは危険であると思う。学校での勉強ってそういう訓練みたいなものでしょ?

「競争は意味ない!やめるべきだ!」って、ゆとり教育を再来させる気なのか?

ゆとり教育のせいで「ゆとり」という言葉が人を揶揄するための言葉になってしまっている。

運動会でも「頑張ったみんなが一等賞!」とか、失笑しか出なかったものだ。

先程も述べたが、過剰な競争はどうかと思う。が、適度な競争は必要である。

で、やはり学校ならそれを測る指標といったら”勉強”になってしまうわけだ。だって、何度も言うようだが学校は勉強するところなのだから。


僕が思うのは、教育における日本のトップが「1か0か」という考えではまずいのではないかということ。

全く競争意識を持たない人間を作り出したいと思っているのだろうか。

果たしてそれでいいのだろうか。

彼が言う諸団体というのは、やっぱり・・・あれですよね(笑)

ここでは名前は出さないけれど、分かる人には分かると思う。

「1か0か」を掲げる集団といえばあそこしかない。間違いない。君が代では起立しない的な、ね。

うむ、ここまで書いちゃったら丸分かりであろうが、この記事はこの辺で終わらせてもらう。

1か0か。そういう考えはやめて柔軟に考えるべきだという話。

勇気を出して書かせてもらった。今日の僕は「1か0か」ではなく、「一か八か」であった。






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順位付けない運動会って盛り上がるのかね?
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