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映像技術の発展

2008年04月23日 23:05

先週、何となくファインディングニモを見ながらグダグダしていたのだが、思いのほかクオリティが高く驚いたものである。

最近のアニメ映画はすごいと思った。

何が凄いかってあのCG技術。

昔では考えられない。僕がまだ年端も往かぬ子供だった頃はドラえもん映画で大感動してたものだ。

昔は物凄いCG技術があったわけではない。それでも大きな感動を得ることが出来ていた。

それが今ではなんだ。あらゆる映画にて細かい技術が組み込まれている。

映画だけではない。ゲームだってそうだ。

NINTENDO64が出たときの感動は忘れない。しかし今ではそれを遥かに凌ぐ高性能ゲーム機が登場しているではないか。

今の子供達は非常に恵まれていると思う。

しかしどこか感動が足りないようにも感じるのだ。



そんなことを思ってると自分が急に老けたような気がしてくる。

だが、最近はそんな技術が当たり前のように捉えられているような気がしてならない。

ファミリーコンピューターが発売され、スーファミが発売され…次々と新機種が登場し、その中で着実に技術を向上させ積み重ねたものが現在の高性能ゲーム機登場に繋がっているということを忘れてはならない。

今の状況が当たり前のようになっていて、ありがたみというものを忘れてはいないだろうか。

そこんとこ考え直して欲しい。



で、先日見たファインディングニモについて話を戻すが、あの映画はグラフィックだけでなくそういった感動までもを見せてくれた。

素晴らしい家族愛。

あんな体の小さい魚がさらわれた子供を助けに大きな海を旅するのだ。

「そりゃ映画にもなるわな~…」と呟いた僕に友達が一言。

「それは違うだろ!!」

僕の言う感動というものの軸というか感覚がぶっ飛んでいることを思い知る。


フライングニモ。

どこかぶっ飛んだ魚が海を旅する物語。

うん、ただの薬の密売者やね。






そこに感動はあるのか?勘当だ。

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